「神経細胞の情報伝達は電気信号で行われる」という神経科学の大前提をひっくり返すかもしれない研究が現れました。

 そもそもは、こども科学電話相談の名物回答者で恐竜研究者の星、小林快次先生(通称ダイナソー小林)のインタビュー記事が載ると聞いて手に取った、日経サイエンス2018年9月号( https://amzn.to/2nn2BpN )

 書店でパラパラとめくったところ、恐竜の記事を過ぎたあたりに「神経伝達の常識を覆す ニューロン表面波伝播説」なる記事が掲載されていました。

 この記事の主役は物理学者ハイムバーグ。

 生物学者ではなく、物理学者なのです。

 ハイムバーグによると、「音波が伝わるように、物理的な圧縮波が神経線維を伝播しており、神経の電気パルスはそれに伴う副産物に過ぎない」とのこと。神経生理学は電気パルスこそが神経信号であるということを大前提に発展してきましたが、ある種の実験をすると、それでは説明がつかない結果が出てしまうことがすでに数十年前から指摘されており、ハイムバーグはその結果を再現し、より深化させているのだそうです。

 一見荒唐無稽に思えますが、謎とされてきた「麻酔がなぜ効くのか」といったことも、ハイムバーグ説では、神経線維を覆う膜に麻酔薬が染み込みゆるむと「ギターの弦がゆるんで弾けなくなるように」機械的パルスが伝わらなくなるからとシンプルに説明可能です。

 経験的に、筋肉をうまく緩められると神経系の機能不全が改善されることが少なくないですし、ある種の症状にゆらし系の手技が著効があったりしますが、こうしたことにも、理論的な根拠が与えられるかもしれません。

 手技療法の世界では、体の構造的な変異によって神経がどのように阻害され症状を作り出すか、ということにさまざまな説明が試みられてきましたが、実は決定的で統一的な理論というのはまだ私が知る範囲では存在せず、それなりに有効な仮説が併存している、という状態(※注)であり、今回の記事で紹介されている理論が、そうした状況に一撃を加えてくれると面白いなぁ、と思っております。

  実際、臨床の現場では従来の理論ではなんだかうまく説明できないのだけれど良くなってしまった、とか、理論的には良くなるはずなのにどうにもうまくいかない、なんていうことがざらにあるので、考える引き出しが増えること自体は、大変ながらもありがたいことです。

  脳のキャパシティ的にはイッパイイッパイですけどね……!

 

※注

例えば、長年カイロプラクティックや整体の理論的根拠とされてきた「ガーデンホース理論」(椎骨の位置が正常な位置からずれると椎間孔が狭くなり、神経が圧迫されて機能障害を起こす)という理論があります。これ、実はすでに実験によって否定されています。

参考:「痛み学・NOTE」⑲ ガーデンホース・セオリーで根性痛を説明できるか?

https://mchiro.exblog.jp/10608571/

カイロプラクティックでは、「ガーデンホース・セオリー」や「ナーブピンチング・セオリー」として神経圧迫理論が構築されてきた。
庭に水を撒くときのホースを神経とみなし、その中を流れる水を電気信号に譬えている。
椎骨の位置異状によって椎間孔の狭小化が起こると、神経が圧迫されるとするものである。

この理論は、長い間カイロプラクターの治療の根拠にされてきた。
この根拠が否定されるようになったのは、米国ナショナル・カイロ大学でのある実験結果だったようだ。
実験動物の犬を使い、椎間孔が狭窄されるまで椎骨を動かしても、終には椎骨が脱臼するまで動かしても、神経の伝達速度は著明に変化しなかった、という結果の報告である。

引用のとおり、理論的には誤りとされているガーデンホース理論に基づいた治療を続けていても治療実績は出てしまっている先生もおられたりするのが、何とも面白いやら怖いやら。

 そこで、「イヤイヤ、神経そのものは圧迫に強くても、血管は圧迫に弱いから、神経内の血流障害や伝導障害、軸索輸送障害が引き起こされているのだ」という説や「神経から脳にもたらされる神経信号の不均衡が症状を引き起こすのだ」という「ディスアファレンテーション理論」など、さまざまな説明が試みられています。