老人必用養草 老いを楽しむ江戸の知恵 ろうじんひつようやしないぐさ、と読みます。 香月牛山という江戸時代の儒医の手による、老人向けの養生法を説いた本です。 老人の養生に関して飲食、衣服、住居に精神衛生、排泄や病気、性欲の問題まで(!)、実に痒い所に手の届く内容。

 

 それを学者としてもおそるべき博識であった著者が、中国や日本の古典をこれでもかと引用しながら論を述べているので、読んでいるうちに何か賢くなった気もしてくる、という恐るべき本であります。 丁寧な訳注のおかげで、私のごとき浅学でも気持ちよく読めるわけですが。 この本で示されている老人の養生法の要点をひとことで述べるならば、寡欲たれ、ということです。 足るを知って、際限ない欲望に身を任せるな、というこの主題に沿って、食い過ぎるな、感情を高ぶらせ過ぎるな、無理するな、といったことが繰り返し述べられています。

 

 養生法の本で「食べ過ぎるな」と強調されているということは、食べ過ぎて体調を壊している手合いが沢山いたということであり、当時すでに人口百万人を越えているはずの江戸で、「食べ過ぎること」がわりと容易に出来るくらいには物流網が発展していたことにも、ちょっと驚かされます。 食べ過ぎるな、酒を飲み過ぎるな、にとどまらず、性の問題についても、老いたら欲望を抑え、劇薬を用いるのは控えるように、ということを述べた一節があり……。 いつの時代も変わらないものですね。 そういえば、私のお仕事である按摩についてですが、この本の中では、みだりに按摩を受けることは推奨されていません。 按摩は体に益多し、と思っている私からすると「えっ?」と思わされますが、そこに続く文章、

按摩の法を伝授してみづからなすべし。おほくは益あり。されども手法を学ばず、経絡・兪穴をだにしらぬ類に、みだりに按摩をゆだぬる事なかれ。おほくは損あって益なし。能々心得べき事なり。

とあるところを見ると、当時、「経絡・兪穴をだにしらぬ類」の人たちが、かえって体の害になるような按摩を行っていたことが窺い知れます(知らなくたって上手い人も、知ってたって下手な人もいたとは思いますけれど)。

 特に勉強しなくても、手技療法は体ひとつで始められるためにトラブルを招きやすい、というのも、今に始まったことではないようです。 ……と、実用書として読んでもある程度役に立ち、江戸時代の文化やものの考え方を知ることもできる、という点で、かなり面白い本でありました。